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【歌う僧侶】薬師寺寛邦の年齢や経歴などプロフィール紹介!お寺はどこ?

【歌う僧侶】薬師寺寛邦の年齢や経歴などプロフィール紹介!お寺はどこ?
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薬師寺寛邦(やくしじかんほう)さんは、「歌う僧侶(そうりょ)」というキャッチフレーズで活動している、僧侶であり音楽家YouTuberです。

2003年に、コーラスグループ「キッサコ」を結成し、YouTubeで般若心経MUSIC(はんにゃしんぎょうみゅーじっく)なる動画を投稿しています。

  • 薬師寺寛邦の本名や年齢などプロフィール
  • 経歴について
  • 薬師寺寛邦のお寺へはどうやって行く?
  • みんなの口コミを紹介!

今回は、謎多き歌う僧侶「薬師寺寛邦」さんについて調べてみました!

目次

【歌う僧侶】薬師寺寛邦の本名や年齢は?

薬師寺寛邦のプロフィール
  • 本名:非公開
  • 年齢:44歳(2023年5月現在)
  • 生年月日:1979年3月17日
  • 出身:愛媛県 今治市(えひめけん いまばりし)
  • 学歴:立命館大学(りつめいかんだいがく)

【歌う僧侶】薬師寺寛邦の本名

薬師寺寛邦(やくしじかんほう)さんの本名は不明です。

一般的にお坊さんは、本名と法名(ほうみょう:僧侶としての名前)は別の場合がほとんどだといいます。

また、お寺に生まれた人の場合、訓読みで一般社会の名前、音読みで法名、という場合が多いです。

薬師寺寛邦さんはお寺に生まれた人なので、本名も「寛邦」と書いて、読み方は訓読みで「ひろくに」という名前ではないでしょうか。

一般的に「寛邦」という漢字をあてた名前は、ちょっと調べただけでは他に例が出てこない程、めずらしい名前です。

ですが、漢字はちがえど「ひろくに」という読み方の名前は存在していますので、おかしくはないですね。

「薬師寺(やくしじ)」という苗字も、少ないですが大分県に最も多い苗字として存在しています。

ですので、「薬師寺 寛邦(やくしじ ひろくに)」というのが本名ではないかと推測します!

あくまで私の予想にすぎないので、いつか名前についての情報も公開されることを祈っています。

【歌う僧侶】薬師寺寛邦の年齢

薬師寺寛邦(やくしじかんほう)さんの年齢は44歳です。

一般的に、僧侶(お坊さん)になるには、およそ2年ほどかかるそうです。

その際に「得度(とくど)」「受戒(じゅかい)」「加行(けぎょう)」「灌頂(かんじょう)」の順に4つの修行・儀式を受けます。

少しむずかしい響きですが、僧侶になるためにはやるべきことが4つある、ということですね。

寛邦さんは、32歳の時に僧侶になることを決めて修行の道に入り、34歳で僧侶になりました。

家を継ぎたいという気持ちはあまり無かったそうですが、僧侶という強みを活かして音楽活動を始められたのは、よかったんじゃないでしょうか。

そしてこれは豆知識ですが、僧侶の方は寿命が長いとも言われています。

寛邦さんも長生きしてくださると嬉しいです!

【歌う僧侶】薬師寺寛邦の学歴

薬師寺寛邦(やくしじかんほう)さんは立命館(りつめいかん)大学出身です。

偏差値は50〜67.5ほどで、相当かしこくないと入れません。

立命館大学といえば、「関関同立(かんかんどうりつ)」という、近畿地方の難関私立大学群(なんかんしりつだいがくぐん)のうちの1校です!

関関同立の大学一覧

  • 関西大学
  • 関西学院大学
  • 同志社大学
  • 立命館大学

とても優秀な方だったんですね。

こんな学歴をお持ちとは、おどろきました。

すごいですね!

【歌う僧侶】薬師寺寛邦の経歴と評判

それでは、薬師寺寛邦さんの経歴についてみていきましょう!

歌手になった経歴

学生時代に好きだった音楽を、大学卒業後も続けていた、薬師寺寛邦(やくしじかんほう)さん。

寛邦さんは、京都の渡辺大之伸(わたなべだいのしん)さん主催のヴォーカルスクール「Dee-Cool Vocal Clinic」に通っていました。

そこで、現キッサコメンバーの麻生優作(あそうゆうさく)さんと、元メンバーの田中まさやさんに出逢ったそうです。

3人は互いに影響を受けながら共に歌い始め、寛邦さんは、24歳の時にコーラスグループ「キッサコ」を結成しました。

名前の由来は、「お茶でもどうぞ」の意味を持つ「禅語(ぜんご)」の「喫茶去(キッサコ)」から。

禅語とは、仏教の宗派(しゅうは)のひとつ「禅宗(ぜんしゅう)」の言葉のことです。

驚くことに、寛邦さんは禅語を意識してグループ名を決めたわけではなく、禅語が身近すぎて自然に「キッサコ」という名前に決めていた、と言っています。

この頃は、まだ般若心経(はんにゃしんぎょう)にのせて歌っていたわけではなさそうです。

そして上京し、28歳のときにキッサコでメジャーデビューを果たします。

それからレーベル(CDを制作する会社)に所属しますが、今まで以上に人の評価に左右されるようになっていきます。

すると、大好きだったはずの音楽がつくれなくなってしまい、30歳からは再びインディーズに戻ることになります。

実は、寛邦さんはお寺の家に生まれ、僧侶になることが決まっていましたが、それから逃げるように音楽をしていたんだとか。

音楽がつくれなくなってしまったことをキッカケに、あらためて音楽や自分と向き合って考えた結果、「歌う僧侶」として活動することになりました。

実は僧侶になる修行中に、お経を読むことが音楽と似ていて楽しいと感じたんだそうです。

そして、お経を音楽にのせてみたいと思ったことから、般若心経MUSIC(はんにゃしんぎょうみゅーじっく)が誕生したそうですよ。

般若心経MUSICは36歳の頃から作り始めていて、37歳の頃には人前でパフォーマンスするようになり、YouTubeにもアップするようになったんだとか。

逃げた自分と向き合うという作業は、辛かったことでしょう。

今までに例が無くても、自分の好きなものをかけあわせて仕事にして、それが成功した寛邦さんは、すばらしい人ですね。

キッサコさんはたくさんのCDを出しています

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僧侶になった経歴

薬師寺寛邦(やくしじかんほう)さんは、32歳で僧侶(そうりょ)になる決意をし、34歳で僧侶になりました。

寛邦さんはお寺に生まれ僧侶になることが決まっていましたが、それを受け入れることができずにいました。

そして僧侶になることから逃げるように、学生時代から音楽に没頭していました。

ボーカルスクールに通い、24歳の時にコーラスグループ「キッサコ」を結成し、28歳でメジャーデビューを果たします。

しかし、大好きだった音楽で挫折を経験し、自分が音楽で伝えたい想いが希薄(きはく)だったことに気づかされます。

それから、自分と向きあうことで、僧侶になることを受け入れられたと言います。

現在の寛邦さんは、愛媛県今治市(えひめけんいまばりし)にある「日照山 海禅寺(にっしょうざん かいぜんじ)」というお寺の副住職をされています。

一日の大半は僧侶として勤め、夕方から音楽活動をされているとのことです。

YouTubeやライブで歌われている般若心経MUSIC(はんにゃしんぎょうみゅーじっく)は、寛邦さん自身の魅力が一番あふれているものだと思います。

これからも、僧侶としても音楽家としても活躍していってくれることでしょう。

寛邦さん、これからも応援しています!

みんなの口コミ

薬師寺寛邦さん・キッサコの評判ですが、どれもいいものばかりです。

Twitterではこのように、色んないい感想が見つかりました。

人によって受け取り方はさまざまですが、「すごい」「ふつうに音楽としてかっこいい」等、高評価を得ています。

キッサコの音楽は、中国でも大変人気があるようですね。

私も、寛邦さんの音楽はかっこよくて癒されるので大好きです♪

これからもっと有名になっていってほしいですね!

【歌う僧侶】薬師寺寛邦のお寺へのアクセス方法

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